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楽天が取り組む新しい挑戦、“Creative AI”への道
人類は進化し、マーケティングも進化する

楽天技術研究所 代表
森 正弥

「学ぶAI」から「創造するAI」へ

 昨今、“AI”というキーワードがとても注目されています。皆さんも、目にしたり耳にしたりする機会がとても増えているのではないでしょうか。その“AI”は今、さらなる進化を遂げるとともに新たな分野への挑戦を始めています。

 “AI”という言葉自体は、実は60年以上前から使われており新しいものではありません。現在のAIのトレンドは、2012年にカナダのトロント大学の教授が、ディープラーニングという技術を再発見したところから始まりました。このディープラーニングも早くも1960年代の時点で元となる論文が発表されており、古くから存在する概念なのですが、インターネットの時代になり大量のデータ処理が可能になったことで高い精度を発揮できるようになりました。これにより、コンピューター業界だけでなく、すべての業界のマーケティングが塗り替えられようとしています。

 ディープラーニングとは「学ぶAI」です。膨大なデータから、法則性を発見したり、パターンを見つけたりします。そして、そこから学習することで、類推したり、画像認証や翻訳、マーケティング、ユーザーのアトリビューション分析などを実現したりしています。

 そして、ディープラーニングの次の技術である“GAN”が誕生しています。“GAN”とは、“Generative Adversarial Networks”の略で、「敵対的生成ネットワーク」の意味です。もともとはディープラーニングの弱点の研究から始まったものですが、現在、ディープラーニングの学習精度を飛躍的に向上させるデータを生成するものとして研究されています。この“GAN”が「創造するAI」として、新たな分野を切り開いています。

 もともとディープラーニングは、100万件や1,000万件といった大量のデータを必要としていました。しかし、例えば工場で不良品を発見させたい場合に、不良品のデータを100万件そろえることは不可能です。そんなケースにおいて、少ないデータから “GAN”によって大量の偽物データを作りだし、それによってディープラーニングに学習させることでAIを機能させることができると判明しました。本物のデータを使用するよりも、“GAN”が作った偽物のデータを使う方が、AIが高度に学習するのです。

 今までは、AIに大量のデータから学習させて何かに利用するという使い方でしたが、今やAIが新しいデータやコンテンツを作り出す世界が始まってきています。それが、「創造するAI」=“Creative AI”の世界です。

楽天技術研究所によるディープラーニングの活用

 楽天技術研究所には、世界5カ国に拠点があり、東京、ニューヨーク、ボストン、シリコンバレー、パリ、シンガポール、インドのバンガロールなどのオフィスに計150名ほどの研究者がいます。研究者の問題意識に基づいて活動し、ほぼ全ての研究がなんらかの形でAIに関連しています。

 

楽天技術研究所によるディープラーニングの活用

 

楽天技術研究所の成果としては、次のようなものがあります。

・ドローン配送ビジネス
2016年に世界で初めて開始。
ディープラーニングによる画像認識技術を活用している。

・ラクマ
個人間取引(C2C)型のフリマアプリ。
画像アップロードの際、自動的に商品を認識する機能を持つ。

・顔認証技術
顔認証による支払いサービスや、クレジットカードの申し込みに利用。

・Rakuten AIris
潜在的な見込み顧客を発見し、クライアントに提供するサービス。
ディープラーニングにより、多くのファクターと膨大な計算量から結果を算出。
あるキャンペーンでは、日本のマーケットにおいて他社の3倍以上のコンバージョン率を示した。

 ディープラーニングにおいては、ノイズデータが含まれたままのデータから学習する方が精度が高いケースがあることも判明しました。ディープラーニングの学習能力の高さから、全く異なるマーケティングが生まれる可能性を感じています。

消費者の個別化とロングテール

 楽天技術研究所では、ディープラーニングあるいはAIを活用していかないと、消費者に対するマーケティングソリューションは厳しくなっていくという問題意識を強く持っています。特に問題視しているのは、消費者の個別化現象です。

 

消費者の個別化とロングテール

 

 このような現象をロングテールといいます。これは、商品の販売数を縦軸にとり、商品の販売順位を横軸にとると、グラフの右側部分(ニッチな商品部分)が長く続く現象です。雑誌『Wired』の編集長だったクリス・アンダーソンが2001年に提唱した仮説ですが、実は、このロングテールをデータを用いて実証したのは楽天技術研究所が最初です。慶應義塾大学 井庭教授との共同研究によるものでした。

 ロングテールが実証されるまでは、いわゆるパレートの法則が重要視されていました。これは、イタリアの経済学者パレートが発見したもので、80対20の法則と言われていて、売上の80%は商品の20%から作られているという法則です。

 パレートの法則であれば、売上を上げるには20%に注目すればよかったのです。それがインターネット時代になってからは、ロングテールが注目されるようになり、売れているのかどうか分からない商品が、実は売上の9割を占めていることが判明したのです。

 ロングテールが起こる条件は、はっきりとは分かっていません。最も有力な説によると、ネットワークによって時間的・空間的制約から解放された時に、ロングテール分布になると言われています。

【日本の小売の特徴】顧客も商品もロングテール

 楽天では約2億5,000万もの商材が扱われています。この中では、予想もしなかったようなものが大人気で品薄になることがあります。

 例えば、甲冑。着ることができる甲冑で、200万円するようなものもあります。これが、予約がいっぱいで買えないという状況です。じゃばらドリンクという人気商品もあります。これは、楽天の担当者が試飲した時、売れるかどうか正直わからないという感想を持ったものですが、今や人気爆発で購入できない商品です。他にも、静岡県に「おいもや」という出店者様があります。ここの干し芋は、売り出しからたった1分後に完売するんです。

 甲冑を買う人には中々出会いません。皆さんは、じゃばらドリンクや干し芋を売り出しの瞬間を待って買いますか?しかし、これらは大人気で中々買えない商品なのです。このようなユーザーの多様性が、ロングテールの世界です。

 また、「楽天市場」では、7,770万円の黄金の仏壇が販売されています。他にも、2億1000万円のはしご車なども販売されています。実際に数千万円のヘリコプターなどが購入されています。商品の多様性もロングテールな世界に含まれます。

 インターネットによっていつでもどこでも商品を買うことができる。時間的・空間的に自由になって、ユーザーが様々な制約から解き放たれたことによって、これまでの「消費者はこういうものが好きだろう」というマーケティングが通用しなくなりました。これにどう対処するかというと、今のデータをとらえ、100万人の100万通りのニーズをとらえるようなマーケティングの基盤を作る、ということです。そのために、大量のビッグデータを処理すべくAI技術の活用が進みつつあります。

地道に商品とユーザーを理解させていく

 楽天技術研究所ではこのロングテール分布をどうするか、ということを考えた時に、まずAIに商品を理解させる、その後にユーザーを理解させるというステップでトライしていこうと決めました。それがこの10年ほどの流れです。

■商品をAIに理解させるということ
 AIに商品を理解させるのは、想像以上に難しい試みでした。例えば、ロマネコンティというワインがあります。この例では、商品説明部分にワインの説明ではなく、出店者様が取り寄せに苦労した話が掲載されています。ワインのデータではない文章から、AIにどのようにしてこれがワインであると理解させるか、という問題がおこるわけです。

 このような商品説明は、あらゆるコマースにおいて悩みの種なのですが、楽天は「Rakuten MA」という商品を理解させるための独自のAI技術をもっています。これは、標準のAIの文字の切り方よりも、意味がつながる切り方ができるのが特徴です。

・「うっとろりんとする」
標準的なAIの理解:「うっ」「とろ」「りんとする」
Rakuten MA:「うっとろりん」「とする」

・「白瀧 上善如水 純米 吟醸」
標準的なAIの理解:「白」「瀧」「上」「善」「如水」「純」「米」「吟醸」
Rakuten MA:「白瀧」「上善如水」「純米」「吟醸」

 これらの言葉の意味が理解できた上で、さらに研究を重ね、約2億5,000万商品という膨大なデータから自動的に商品のカタログを作りだすという技術を開発しました。以下の図のように、例えばワインだったら「色=白ワイン」「味わい=辛口」といったようなデータを作りだします。

 

地道に商品とユーザーを理解させていく

 

 商品が甲冑とか黄金の仏壇となった時、どのようなデータ項目があるか中々分からないかもしれません。しかし、そうした時でも、AIが自動的にカタログを作りだす技術を備えています。

 そして、この自動的にカタログを作り出すという技術によって、商品データの誤りを指摘することもできるようになりました。AIが自動的に商品データを訂正することによって、それだけで一部の出店者様では売上が20%上がったという事実もあります。さらに、一緒に買われている商品や、買う前に比較対象になっている商品を提案したり、その商品を買う人の年齢や性別嗜好を加味したペルソナまで理解したりできるようになりました。

■ユーザーをAIに理解させ、大きな転換点を迎える
 次に、我々が挑戦したのは、ユーザーの隠れたニーズをつかむことでした。その例のひとつが、AIによるファッションサイトの作成です。まずAIにユーザーの検索データや閲覧データを集めて分析させ、ユーザー自身も気づいていないニーズを抽出、これをベースに商品サイトを作成しました。これをマーケターがチェックして、イメージとコピーが合致しているかを確認しました。つまり、AIが仮説を立て、それをベースにマーケターが補完するということを試したわけです。すると、売上が従来の手法より2倍以上になったのです。これは、我々にとって、劇的な転換点となりました。

他にも、時系列(季節要因等)によるニーズのとらえ方や、異なるキーワードで同じニーズの動きをしているデータを自動的に探し出してみつけるということにも挑戦しました。例えば、「父の日」というキーワードと「ステテコ」というキーワードでは、データに相関性があり、ステテコが父の日に多く買われているということがわかりました。

 

ユーザーをAIに理解させ、大きな転換点を迎える

 

需要予測というソリューション

 このような技術をさらに発展させることで、需要予測をするソリューションを提案できるようになりました。ロングテールの商品ほど需要予測の精度が高く、さらにユーザーごとにベストなタイミングでクーポンを発行し購買へつなげるという技術も提供しています。

“Creative AI”の衝撃

 最新のAIのトレンドでは、ニーズをつかむのではなく、ユーザーそれぞれのニーズに応じた商品を作ってしまおうという発想が広がりつつあります。ユーザーのニーズ10万通りに合わせて、10万通りのまったく新しいコンテンツを作り出そうというものです。以下のような例があります。

・AI コピーライター AICO(電通)
 例えばFinTechのクライアントに対して「想いをお金に」「FinTechはみんなのもの」「挑戦し続ける、お金のために」といったようなコピーを作り出している。現在驚異的なアップデートがなされている。

・AI記者「決算サマリー」(日本経済新聞)
 ほんの数分で300社の記事を書いてしまう。非常にクオリティも高く、ネットに掲載するまで1分か2分しかかからない。

・文章からそれにあった画像を作り出す研究(マイクロソフト)
 例えば「黄色い身体で、黒い羽根で短いくちばしの鳥」と入れることでその画像を作り出すことができる。

・個々のユーザーに合わせた自動生成の広告バナー(アリババ)
 ユーザー1人1人に、タイミングに合わせて、デザイン、商品の素材、商品の文言などを全部変えて広告バナーを自動的に作り出す。

 そして、我々楽天技術研究所では、商品の説明を自動的に作り出すという研究を行っています。これまでお伝えしたAI技術からお客様の注目ポイントを抽出し、我々が保持している膨大なお客様レビューを使って、それぞれのお客様のアクセス状況によって商品説明文を自動的につくるという技術です。これは現在試験導入中ですが、今後の拡大に備えて、新しく“Creative AI”を研究するプロジェクトも発足させています。

 

楽天は、楽天技術研究所を米国シリコンバレーに開設し“Creative AI”の研究を進める

 

人間とAIの関わり

 このように、AIは分析やニーズの理解を超えて、ユーザー個々に合わせた広告や説明文が作れるようになり、将来的には商品も作っていくだろうと考えられます。

 では、その時、私たち人間は何をするのでしょう?

 我々もAIの研究をしていると、人間ができること、AIにはできないことというものが存在することがわかってきました。人間にしかできないこと、それは、枠組みを変えていくことです。AIは囲碁のトップ棋士に勝つことはできるけど、囲碁よりおもしろいゲームを考えることができるのは、結局のところ人間です。つまり、人間は枠組みを超えるという意味で、創造性を持っており、AIは、枠組みの中でロングテールやビッグデータを処理できるという力を持っています。これら二つの力を組み合わせたビジネスを考えていくことが、今後重要になっていくと考えています。

森 正弥
森 正弥Mori Masaya
楽天グループ株式会社 執行役員・楽天技術研究所 代表
公益社団法人 企業情報化協会(IT協会)常任幹事


1998年、アクセンチュア株式会社入社。2006年、楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)入社。現在、同社 執行役員 兼 楽天技術研究所代表として世界の各研究拠点のマネジメントおよびAI・データサイエンティスト戦略に従事。日本データベース学会 理事。 APEC (アジア太平洋経済協力)プロジェクトアドバイザ。日経ITイノベーターズ エグゼクティブメンバー。企業情報化協会 常任幹事およびAI&ロボティクス 研究会委員長。過去に、経済産業省技術開発プロジェクト評価委員、次世代高度IT人材モデルキャリア検討委員、CIO育成委員会委員等を歴任。様々な組織・団体の顧問実績も多数。2013年日経BP社 IT Pro にて、「世界を元気にする100人」に、日経産業新聞にて「40人の異才」に選出。2018年 NY国連本部にて日本企業の代表として技術研究によるSDGs(持続可能な開発目標)への取組みに関する報告をする等、技術による社会貢献にも関心を持つ。著作に「クラウド大全」(日経BP社, 共著)、「ウェブ大変化 パワーシフトの始まり」(近代セールス社)がある。