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パネルディスカッション WEBマーケティングにおける目的と手段

モデレーター:株式会社ペンシル 代表取締役社長COO
倉橋 美佳氏

昨今、新規顧客の獲得は難易度を増し、継続顧客の保持も困難になっています。その一方でプレーヤーはどんどん増えており、顧客の対応やコミュニケーションもしなくてはならない。しかしどれくらい労力やコストをかけるべきか分からない、といった悩みをよく耳にします。本日は、効率性、目標達成に直結する顧客分析、実行プロセスなど、各社がどのように顧客と向き合い、コミュニケーションを取っているかについて、お話しいただきます。

 

 

面を使い分けたアプローチで認知、理解から購入促進まで

株式会社エブリー 執行役員 DELISH KITCHENカンパニー長 共同創業者
菅原 千遥氏

 

 DELISH KITCHENは、誰でも簡単に作れるレシピ動画をアプリやSNS、デジタルサイネージなどのデバイスで提供しています。デジタルサイネージは2018年から始めたオフライン施策で、スーパーなどの店頭にモニターを設置しています。

 同じデバイスでもリーチするタイミングによって、伝えられる内容、ユーザーのどういったモーメントに伝えられるかが変わってきます。従来はレシピに出合うために、お客様はブラウザで検索サイトやレシピサイトに行って検索する必要がありました。「今日は何を作ろうかな?」「冷蔵庫にある食材って何だっけ?」といったことを考え、それから「オムライスが食べたいな」「にんじんが残っていたな」とキーワードを入れる。そうしてようやくレシピに出合います。しかし主婦の7割が働いていると言われる昨今、冷蔵庫の前でレシピを考えられる時間も少なくなっています。こういった現状をふまえ、レシピを考える前に「今日はこんなレシピはどうですか?」と提案できるようなメディア作りを心掛けています。リーチのタイミングとしては、献立を考え始める前。広告マーケティングでいうと「認知」より前の段階でユーザーと接触しているのが特徴です。

 これを活用したのがブランドコンテンツという広告商品で、ユーザーにメーカー様の商品に対して興味を持ってもらえるよう働きかけるものです。従来の広告は、企業側が伝えたいことを企業目線のフォーマットで作っていたため、どうしても視点が偏りがちでした。そこでDELISH KITCHENでは、企業が伝えたいメッセージを一度汲み取った上で、ユーザーが求める情報に変換して動画作りをしています。

 最近は、このような施策と並行して、冒頭でお話ししたような店頭施策も始めています。ブランドコンテンツでユーザーに認知・理解を深めてもらい、さらにクーポンメニューで来店を促進し、購入の後押しをする。店頭ではデジタルサイネージのレシピ動画でさらに購入を促進するといった形で、認知から購入まで、ユーザーのモーメントに合わせ、面を使い分けてアプローチするという流れを作っています。

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倉橋氏:自社コンテンツと、タイアップ付きコンテンツは、どのような割合ですか?

菅原氏:月間1,500本動画を配信していますが、タイアップコンテンツは原則1日1社に限定させていただいています。広告が多すぎると、ユーザビリティを損なうためです。

 

 

 

オフラインも取り込んだフルファネルマーケティング

楽天グループ株式会社 執行役員 グローバルアドディビジョン アドプランニング統括部 ディレクター
紺野 俊介

 

 楽天といえばやはり膨大なID。本日はそれについてお話ししたいと思います。

楽天エコシステム・1億以上の楽天ID

 

 楽天には国内で1億以上、グローバルでは約12億のIDがあります。昨今、多くの事業主が自分たちでDMPを作っていますが、そのDMPでエグゼキュ―ション(施策の実行)までできる会社はなかなかない。そもそも顕在化したデータだけなので、潜在層にアプローチすることもできません。一方、楽天のデータは膨大で、「楽天市場」を中心とする購買データだけでなく、旅行や金融などのデータもあります。それらを統合させマーケティングに活用することで、外部のお客様との新しいビジネスが発展する、そういった状態になりつつあります。

オムニコマースに対応した楽天の動き

 

 楽天の大きなポイントは購買データにあります。過去の購買情報を、IDベースで正確に把握しています。と言っても、まだオフラインの決済が多くを占めているのが現状です。そこで、コンビニ、スーパー、ドラッグストアなどの小売業が持つオフラインのデータとの連携を始めています。

 また「楽天データマーケティング」という電通との合弁企業があり、テレビデータとの連携も可能です。テレビで視聴したユーザーの中で、最終的にオンラインで買った人、オフラインで買った人を繋げることができるようになってきました。いわゆるマーケテイングデータのフルファネルができるのは、日本では楽天だけではないかと思います。

Fact(事実)に基づく消費行動ビッグデータ

 

 さらに、楽天では自社で「Rakuten AIris(楽天アイリス)」というAIプログラムを持っています。他社ではCTR (Click Through Rate) ベースの拡張が中心ですが、楽天は購買データをベースとして920ものセグメントを持っており、そこから拡張できるのが特徴です。もともとは「楽天市場」や「楽天トラベル」のユーザーを最適化するためのものでしたが、現在、広告分野において外部の企業様との取り組みも始まっています。

RDN (Rakuten Display Network) 構想

 

 また、RDN (Rakuten Display Network) という構想があります。楽天自体が非常に大きな広告主であると同時に、「楽天市場」や「楽天トラベル」に出店されているお客様・広告主様もパートナーです。サプライの方に関しては、膨大なPV、1億というID、この量を繋げるわけですが、この2つだけでは完結しないので、様々なインベントリーパートナーとも協働していきます。

 昨今、アドフラウド問題などもありますが、購買に最適化するので不適切な配信がされません。内部のインベントリーに関しては、そもそも楽天ドメイン下で配信するので安心です。こういったことができるのは、今は楽天だけではないかと思います。

フルファネルの広告プロダクト

 

 AIをベースに、「楽天市場」を中心とした膨大なIDデータ、加えてTV、サーチ、GEOなどのデータもあります。GEOデータに関しては、ユーザーの待受画面に広告を表示して、広告を見るとポイントが付与される「Super Point Screen」というサービスを開始しています。現在100万件以上のダウンロードがあり、その中で許諾を得て常時位置情報をいただいているユーザーが多くいます。

 このように、楽天はオンラインの購買データが最大の特徴ではありますが、オフラインも含めたフルファネルを目指しています。今、他社を含めてペイメント戦争が始まっていますが、その先にあるものはデータです。データをどう活用するのか、その点で私たちは一歩先に進んでいると認識しています。

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倉橋氏:楽天はよくAmazonと比較されますが、Amazonとの大きな違いはどこにあると考えますか?

紺野:外資系企業はグローバルという性質上、施策の決定に時間を要したり、場合によっては実施できないケースも多いと思いますが、楽天は国内で完結できます。また、金融などさまざまな情報を多く持っているのが楽天の特徴かと思います。またもうひとつの大きな特徴として、IDとデータ以外にポイントと呼ばれるメンバーシッププログラムがあります。これを活用することでユーザーにもメリットがある形でデータを蓄積していける、そこが強みかと思います。

 

 

 

ファンレベルとLTVを上げるCRMプロジェクト

カゴメ株式会社 マーケティング本部 通販事業部 主任
原 浩晃氏

 

 私たちは20年前、かなり早い段階で通販事業に参入しました。当時は野菜飲料のマーケットはかなり小さいものでしたが、将来的な宅配需要ニーズの拡大を予想して、“野菜飲料を国民健康飲料にしよう”というミッションを掲げていました。私たちのターゲットは60代以上で、商品ラインナップは『健康直送便』という通販でしか取り扱ってない商品群。野菜ジュース、フルーツ、ポタージュ、サプリメントの4つを展開しています。

 CRM (Customer Relationship Management) に取り組んだきっかけは、3つのリスクの深刻化にありました。まず宅配便の値上げ等による物流費の高騰。次に、商品原価の高騰。国産野菜が天候不順などで値上がりし、さらに容器の資材費も値上がりしました。加えてオフライン注文を受けるコールセンターの人件費。まさに三重苦でした。これを販促視点で収益改善するために、2018年1月からLTV (Life Time Value) アップのCRMプロジェクトを立ち上げ、お客様に継続購買していただく仕組みを確立する取り組みを開始しました。

 プロジェクトは販促、EC、商品企画、代理店、ベンダー、コールセンター、ペンシルさんにも入っていただき、総勢26名でスタートしました。活動の方向性は大きく2軸あります。ひとつはLTVのアップ。例えばクレジットカード決済をする人は、後払いの人よりもLTVが約1.2倍高い傾向にあります。とすればコールセンターの段階で支払をクレジットカードにしてもらうよう誘導するとよい。もうひとつは顧客育成。まずはファンにしていき、その結果が収益につながるという考え方です。ポイントになるのは、ファンの度合いと収益の間に相関性のある指標が導き出せるかどうか。現在はこの両方を並走させています。

 ファンレベルを測る指標は、コールセンターへの問い合わせ、座談会や工場見学への参加、ギフト用の購入といった顧客行動から導き、それぞれの行動に点数をつけ、一人一人をスコアライズする形にしました。そしてLTVとファンレベルをそれぞれ軸に取ったマップを作って、セグメントしていきました。これはオフライン、オンライン横断です。お客さんがどうファン化していくかの顧客行動の洗い出しは、ワークショップを何回も行い、26人でディスカッションを重ねました。

 マインドと行動を分解して見ていくと、行動は購買と非購買に分かれ、非購買の中には、情報取得・双方向のコミュニケーション・推奨という3つの行動があるのではないか、というところまで見えてき来ました。さらに、非購買行動を洗い出し、その行動をしている人・していない人でどれくらいLTV行動に差があるかの相関も導き出しています。現在、非購買層へのプロモーションはあまり打っていませんが、この群にどう働きかけ、どう動かしていくと最終的に熱量が高くなるのか、収益に結び付くのかの道筋も見えて来ました。

 非購買層の行動促進には、環境の整備が重要になってきます。コールセンターに問い合わせしやすい環境、口コミを投稿できる仕組み、そういったことにも着手しようというところまで来ています。

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倉橋氏:非購買に着目するというのと、非購買の項目を洗い出して当てはめていく、というのがこのプロジェクトのポイントだと思いますが、購買につながっているかどうかわかりにくい項目を出していくのは難しかったのではないですか?

原氏:26人を4チームに分けてワークショップをしましたが、出て来たワードがどのチームもブレがなかったので、この行動からLTVを洗い出して、相関性があることを導き出そう、ここからスタートしようということになりました。

倉橋氏:オンライン・オフラインの混合チームでしたが、それぞれの分野で話がずれたりすることはありませんでしたか?

原氏:私たちはオフラインの部分も多いので、どちらかに偏ることなく、共通の行動は何だろう、ということを中心に議論するよう心掛けました。

倉橋氏:顧客はひとつと考えた時に、デバイスは関係なく、どういう顧客像なのか、その人たちが何を求めているのかをシンプルに整備したということですね。

 

 

 

パネルディスカッション WEBマーケティングにおける目的と手段

パネリスト:
株式会社エブリー 執行役員 DELISH KITCHENカンパニー長 共同創業者
菅原 千遥氏
カゴメ株式会社 マーケティング本部 通販事業部 主任
原 浩晃氏
楽天グループ株式会社 執行役員 グローバルアドディビジョン アドプランニング統括部 ディレクター
紺野 俊介

モデレーター:
株式会社ペンシル 代表取締役社長COO
倉橋 美佳氏

 

倉橋氏:昨今の顧客の変化について、各社どのように捉えているか、またどのような取り組みをしているかについてお聞かせください。

菅原氏:3年程前からFacebookをはじめとするプラットフォームで動画投稿・再生ができるようになりましたが、DELISH KITCHENがスタートしたのはその頃です。以前は直感的に「おいしそう」と思われる動画が人気でしたが、最近では野菜の保存法、魚のさばき方などの情報を伝えるコンテンツも大変反響があります。動画を通じて感覚的情報だけではなく知識を伝える情報も受け入れられるユーザー環境に変わって来ていると思います。

倉橋氏:動画の活用が一般的になっているのは大きな変化ですね。カゴメさんはいかがですか?

原氏:新規顧客獲得において、オフラインとオンラインの比率はおよそ6:4。これまでは比較的オフラインでの購買が多かった60代の方も、最近はオンラインでの獲得が増えています。

パネルディスカッション WEBマーケティングにおける目的と手段

 

倉橋氏:ユーザーの方がより深く情報を知りたいと思うようになっていて、それが若い人に限らず、幅広い年代の方がネットを介して情報を収集するようになっているということですね。さて、顧客との向き合いと売上・コストのバランスについてはいかがでしょうか。どれくらいコンテンツを作って、その分析結果をどのように売上につなげていくのか。膨大なデータのある楽天さんは、データ分析とその活用、コストバランスをどのように考えていらっしゃいますか?

紺野:データが売上にどう寄与しているかのKPIを作る必要がありますね。データを活用するということは、その裏にインフラがあり、データを分析する人やエグゼキューションも必要になります。

倉橋氏:メーカーの場合、社内にいろんなデータがあっても、全部を統合することは難しいですよね。データを紐づけていくというのは、部門間や全く違う業種間でも可能なのでしょうか?

紺野:楽天の場合は、ID・データ・ブランド・ポイントはコーポレートの保有です。会社の資産であることを明確にしています。

倉橋氏:会社の資産として顧客データがあり、それをどう活用するかは各事業で考えていくという組織ですね。

紺野:はい。活用を考えるのと並行してポリシーの問題のケアも行っています。

倉橋氏:単に膨大なデータではなく、“生きたデータ”にしていくために注意されていることはありますか?

紺野:楽天にはデータアナリストが何百人もいて、徹底したデータ分析を行っています。また、より活用できるデータにするために共通ルールを設けて再整備するなど、今まさに動いているところです。

倉橋氏:カゴメさんのコンテンツ作成やデータ分析に対するコスト・時間のバランスはいかがですか?

原氏:ファンレベルを上げる試みをする際、どれだけ売上に寄与できるかを明確にすることが重要です。それをふまえ、どの程度コスト・時間をかけるかを決める。その上で、私たちはCRMプロジェクトの多くの時間をセグメントマップを作ることに費やしています。それがあれば、どのターゲットをどのように動かせば、どの程度LTVが上がるかが見えてきます。あとは移行率と、いつお客様とコミュニケーションするかの問題です。

倉橋氏:しっかりマッピングして、マップ上のどこの人たちをどう動かすかという計画に、資産と行動が紐づいているかというのがポイントですね。

原氏:はい。さらには、商品ありきのCRMなので、その商品の売上が今後も伸びていくのかが大きなポイントです。魅力ある新商品を開発した上でCRM施策を行う、ということですね。

倉橋氏:お客様との一番の接点は商品そのもの。その商品を引き立てられるCRMプロジェクト、ということですね。

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倉橋氏:コンテンツ作成、データの統合・活用の重要性について、いろいろとお話を伺うことができました。最短かつ最速で売上・利益につながる施策、実行、そのための手段の設計が必要不可欠であるということがよくわかりました。CRMで売上を上げたい場合、今の顧客の状態と目指す理想形をしっかりプロットし、そこに対しての具体的施策を落とし込んでいくということ、またコンテンツでは、購買に直結していない行動もデータ化し、IDレベルで管理できると、その後のアクションにもつながり、有効活用できるというお話でした。
本日はありがとうございました。

 

紺野 俊介
紺野 俊介Konno Shunsuke
楽天グループ株式会社 執行役員
グローバルアドディビジョン アドプランニング統括部 ディレクター


1975年、千葉県生まれ。横浜市立大学卒業後、EDS Japan(現日本ヒューレット・パッカード)を経て、2003年に株式会社アイレップに入社。デジタルマーケティング事業を牽引し、2006年には大阪証券取引所ヘラクレス(現 大阪証券取引所JASDAQ)への上場に成功。同年取締役に就任。2009年からは10年間代表取締役社長を務め、アイレップを運用型広告でトップクラスの企業へと導く。書籍・コラム執筆や、セミナー講演も多数。2018年7月、楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)入社、同年8月より現職。