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感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションとは?


モデレーター:
株式会社トレンドExpress 代表取締役社長
濱野 智成氏

スピーカー:
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ デジタルビジネスプロデュースセンター
杉浦 充氏

アサヒビール株式会社 経営変革室 兼 マーケティング本部 デジタルマーケティング部 副部長
西村 拓哉氏

楽天グループ株式会社 執行役員
紺野 俊介

 

 


濱野氏:本日は「感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションとは?」というテーマで、3人の登壇者の方とセッションを行いたいと思います。

杉浦氏:ADKの杉浦と申します。デジタルビジネスプロデュースセンターという部署で、主にオンオフ統合の企画や、デジタルコミュニケーションを創る仕事をしています。

西村氏:アサヒビール西村と申します。経営変革室とデジタルマーケティング部を兼務しています。「ニッカウヰスキー」のマーケティング、その後デジタルセールスプロモーション、オウンドメディア、会員制サイトの運営などのマーケティングを担当し、現在は新規事業の立ち上げに携わっています。

紺野:楽天の広告ビジネス全般、ならびに広告サービスの統括をしています。楽天が蓄積する様々なデータやタッチポイントなどのインベントリのマネタイズと、楽天が持つメディアを通した広告サービスのリードをしています。

濱野氏:モデレーターを務めます、トレンドExpressの濱野と申します。弊社は中国のビッグデータを活用しながらクロスボーダーのマーケティングとEコマースのプラットフォームを提供している会社で、そちらの社長を務めております。

 

 

感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションのケーススタディ

濱野氏:一つ目の質問です。「感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションのケーススタディ」について、事例をご紹介いただけますでしょうか。

杉浦氏:守秘義務があり担当した事例はご紹介できないため、私自身が感情を揺さぶられた事例を三つお伝えします。一つ目は森永製菓さんの「ベイクを買わない理由 100円買取キャンペーン」、二つ目はKINCHOさんの「もう どう広告したらいいのか わからないので。」という、Web上に誘導して、複数パターンの広告を見せる広告。三つ目はやすもと醤油さんの「企業アカウントなので成果が出ないとTwitterを辞めさせられる。でも上司と同僚がフォロワー40人はすごいと言ってくれたので当分大丈夫そう」という、話題になったツイートです。

なぜ自分の感情が揺さぶられたのかを考えてみたところ、正直さや素直さなど、人格がくっきり見えるため感情移入したのだと気づきました。すべて文字を中心にしたアプローチですが、私の頭には写真のようにイメージが浮かび上がってきたのです。デジタル上では「人格が必要だ」といわれますが、この三つの事例を通して、重要なのは「人格をくっきりみせるための解像度の高さ」ではないかと思いました。

濱野氏:人格が見えるというのは、重要なキーワードだと思います。中国でも最近は「CEOライブ」が流行しています。私はEGC(Employee Generated Content)と呼んでいるのですが、従業員が直接コンテンツ化しPRを促進する、まさしく「顔が見える」「人格を出していく」というアプローチです。これは非常に大きなテーマではないでしょうか。

西村氏:私からは、このコロナ禍で行ったデジタルコミュニケーションの事例を、二つご紹介します。まず「オンライン飲み会」です。ビール会社である私たちは、外でビールを飲む機会がなくなった自粛期間中、どのようにユーザーにアプローチをすれば良いのか考え、Zoomを使った参加者最大1000人規模の飲み会を開催しました。4月から5月の間に計4回行ったのですが、若年層を中心に累計3万人ほどの方が応募くださり、Twitterでも3度トレンド入りしました。1000人規模の乾杯は音声も絵も壮観でしたし、Zoomであるため、ゲスト参加のアイドルやお笑い芸人の近くに自分が写ったり会話できたりと、リアルにはないコミュニケーションを生むこともできました。

もう一つはオンラインライブです。コロナ禍でリアルのライブやフェスが軒並み中止になってしまったため、SUPERSONICさんとタイアップをしてオンラインライブを行ったところ、同時視聴者が約8万3千人に達しました。また抽選で選ばれた方をVIP席、いわゆる楽屋裏にご招待してアーティストと一緒に飲むという企画も行ったのですが、こちらも参加者から非常に高い満足度をいただききました。この二つの事例は、外に遊びに行けない、盛り上がれないという、若年層が抱えるペインポイントに対して、どのようにコミュニケーションをしていくかという、一つの解だと思いました。

紺野:楽天はオンラインで膨大なデータを蓄積しているのですが、現在はオフラインでも様々な形で多くのデータを蓄積する会社になりつつあります。その膨大なデータを分析しても、感情自体をデータ化するのは非常に難しいものの、ユーザーの感情が変化することで起きた購買などは、消費行動分析データに置き換えられると考えています。少し前にテレビ番組でデジタルツインが特集されていたのですが、私たちのオンライン上におけるデジタルツインは、私たちのデータに基づいて作れますし、作っていくべきだろうと考えています。しかしその一方で、データから作られるのはあくまでも相関関係でしかなく、相関に基づいてアプローチをすると、逆に人の行動の未来を閉ざしてしまうリスクもあります。それを防ぐには、分析の先に因果というものを作っていかなければなりません。デジタルで処理した先、どちらかというと上流の世界のものをしっかり分析していくことが必要だと考えています。

私たちはファーストパーティ楽天として、「楽天エコシステム(経済圏)」の中にいる人たちに対してデジタルツインを作りUXを向上させると同時に、広告ビジネスにおいては、ユーザーにデータの使用用途を明確に明示するなど安心してデータを預けてもらえるよう努め、現在多くのクラスタリングを持っています。そのパターンを組み合わせると、ユーザーに対して従来考えられなかったようなコミュニケーションが可能となるのです。感情により体現されているデータの相関に基づいたデジタルツインを作り、そのデジタルツインを構成する上流にあるユーザーコミュニケーションに、さらに感情を揺さぶるクリエイティブを当てることで、UXはさらに上がるのではないかと考えています。

濱野氏:非常に共感を覚えます。感情を揺さぶるための遠い因果関係を見つけ出しましょう、というお話だと思います。弊社のお客様であるカメラメーカーさんとインサイトハックのプロジェクトを行った際、デジタルカメラを持つユーザーと、遠い因果があるユーザーを分析したことがありました。結果は、なんとペットでした。デジタルツインを作り出すことで、某デジタルカメラを購入するユーザーの年齢や居住形態などまでは割り出せるのですが、ペットという因果はあまり出てきません。さらにそのペットは犬なのか猫なのかというABテストでクリエイティブを当てると、圧倒的に猫の方が反応も良かったのです。この因果関係に基づいて広告を当てることで、さらに感動を生み出すことが可能になりました。このような事例も、今のお話につながっていますね。

紺野:少し話がそれるのですが、データは蓄積できますし活用もできます。しかし今後はGDPR(一般データ保護規則)を始め様々な規制のもと、どのようにデータを使っていくかがポイントになってきます。その課題へのアプローチの一つとして、私たちは今年2月に、AIをベースとしたマーケティングソリューションを提供するSQREEM社と、「楽天スクリーム株式会社」(以下「楽天スクリーム」)を設立しました。

「楽天スクリーム」では、世界中のオープンデータを瞬時に蓄積し、その中でユーザーのフラグ立てを行うことができます。先ほどお伝えした消費行動分析データに関しては、「どんな漫画が好きなのか」、「普段どんな化粧品を使っているのか」、「ビールはどの銘柄を飲んでいるのか」など、わかりやすくデジタル処理された世界中のデータをもとにアプローチが可能です。たとえば、あるユーザーが「a+C+0.5」という分析データを持っていた場合、世界中から集まったデータをベースに、「この3条件を持つユーザーは、明日このようなことをする」というような分析が可能になるのです。

「楽天エコシステム」内の消費行動分析データと「楽天スクリーム」の双方向からアプローチすることで、プラットフォーマーとして広告の本質である「広く告げる」ことをより広く実現したいと考えています。

濱野氏:非常に興味深いお話です。ビッグデータの活用が進めば進むほど、クリエイティブ上の差別化が消失してしまいます。しかしそのアプローチであれば、自動化されたデータと定性的に抽出するデータを掛け合わせることで、感情を揺さぶることが可能な層のターゲティング精度が上がり、最適なクリエイティブを作り出すことも可能になりますね。

 

感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションとは?

 

 

 

感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションの共通点とは?

濱野氏:続いての質問です。ここまでの事例を踏まえて、「感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションの共通点」とは、どのようなものだと考えられますか。

紺野:デジタルの登場で、態度変容においてユーザーの購入を促すクリエイティブの部分でも、接触するポイントや媒体、人のモーメントが変化しています。ユーザーの時間軸や場所軸が変わったことで変数が増えた結果、作り手だけでなくユーザーも選択肢が多岐にわたり迷いが生じているように感じます。だからこそ、ビジネス的なデジタルコミュニケーションの視点で考えると、先ほどリスクとして挙げたように人の行動の未来を閉ざすことがないよう、最適なクリエイティブを当てて、ユーザーに選択肢を与えるコミュニケーションを取ることが重要ではないかと思います。

西村氏:リアルを超える、デジタルならではの体験価値とはなにかを考えることが、出発点ではないでしょうか。ユーザーに何が望まれているのかを常にウォッチし、デジタルならではのコンテンツはどのようなものがあるのか考え、提供するコンテンツの価値を掘り起こさなければなりません。つまり逆算して、ユーザーの期待を超える仕掛けを作る必要があるということです。

ポイントは三つあります。一つ目は、顧客理解です。商品を求めてくれている潜在的なユーザーの解像度が高くないと、チャレンジできません。二つ目は、デジタルのコミュニケーションは、ユーザーがコストや費用、移動時間などの負担を負うことなく体験できるということを前提に、コミュニケーションプランを立てる必要があります。三つ目は、くり返しになりますが、デジタルならではの価値は何かという点です。リアルでは実現不可能な世界を提供してユーザーの欲求や期待を超えた時、感情が揺さぶられるのではないかと考えています。

杉浦氏:時流に即した上でという前提はあるのですが、「デジタルなのに」なのか「デジタルだから」なのか、ではないかと思います。最初の事例でお伝えした「人格」に関しても、デジタルの弱みを補完する逆説的な形だと考えています。そして西村さんも言及された、デジタルの強みをより最大化させ、デジタルだからここまでできるというコミュニケーション。この二点が、人の感情を動かすのだと思います。

濱野氏:「デジタルなのに顔が見える」という点が、キーワードになりそうですね。

 

 

セッションまとめ

濱野氏:本日のお話をまとめると、前提としてインサイトドリブンで消費者の深層心理を発掘することが重要ですね。加えて人格が見えるハートフルさ、期待を裏切るサプライズ感、そしてオフラインとの融合を有効活用(OMO)がとても大事なファクターであることが具体的な事例を持ってわかったと思います。また、今の消費者のインサイトに刺さるためには、タイムリーであることや双方向でのコミュニケーションを実現することも大切です。このようなフレームは今後もさらに発展していきますが、「感情を揺さぶるデジタルコミュニケーション」の構造として、本日の一つの解にしたいと思います。最後に、このセッションを通しての感想をお聞かせください。

杉浦氏:私は特にタイムリーであることを重視しています。必須条件に入っている「求められる人格」や「意外性」は、時流によって変化すると考えていますので、感情を揺さぶるためには、かなり大事なポイントであると思います。

西村氏:やはりリアルとデジタルをどう使い分けるか、という点がポイントになると思います。以前は、リアルの良いところをデジタルは奪ってしまうのではないか、と危惧されることもありました。しかしデジタルが発達した今、デジタルの良いところを活用することでリアルにも良いものを戻せると考えるべきではないかと思います。メーカーや広告主、プラットフォーマーなども、「何のために存在するのか」「何のために働くのか」という時代になってきています。感情が動かず買っているモノは、他にすぐ取って代わられるかもしれないため、感情を動かすことを今後も求めていくべきだと思いました。

紺野:セッション中に、ビール会社の西村さんの口から「ビールがおいしい、というよりも、ビールを飲むこの瞬間がたまらないんだ」という言葉が出たときに感情が揺さぶられ、改めて言葉が持つ力の凄さを感じました。データは科学できても、感情は科学できないかもしれません。しかしあきらめることなく、感情を紐解いていきたいと考えています。

濱野氏:改めて、本日のテーマは、デジタル社会が成熟していく今後のマーケティングにおいて、本質的なテーマではないかと思いました。マーケターとして、消費者や市場の感情を揺さぶる参考になれば幸いです。

 

 

紺野 俊介
紺野 俊介Konno Shunsuke
楽天グループ株式会社 執行役員


1975年、千葉県生まれ。横浜市立大学卒業後、EDS Japan(現日本ヒューレット・パッカード)を経て、2003年に株式会社アイレップに入社。デジタルマーケティング事業を牽引し、2006年には大阪証券取引所ヘラクレス(現 大阪証券取引所JASDAQ)への上場に成功。同年取締役に就任。2009年からは10年間代表取締役社長を務め、アイレップを運用型広告でトップクラスの企業へと導く。書籍・コラム執筆や、セミナー講演も多数。2018年7月、楽天株式会社(現楽天グループ株式会社)入社、同年8月より現職。