感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションのケーススタディ
濱野氏:一つ目の質問です。「感情を揺さぶるデジタルコミュニケーションのケーススタディ」について、事例をご紹介いただけますでしょうか。
杉浦氏:守秘義務があり担当した事例はご紹介できないため、私自身が感情を揺さぶられた事例を三つお伝えします。一つ目は森永製菓さんの「ベイクを買わない理由 100円買取キャンペーン」、二つ目はKINCHOさんの「もう どう広告したらいいのか わからないので。」という、Web上に誘導して、複数パターンの広告を見せる広告。三つ目はやすもと醤油さんの「企業アカウントなので成果が出ないとTwitterを辞めさせられる。でも上司と同僚がフォロワー40人はすごいと言ってくれたので当分大丈夫そう」という、話題になったツイートです。
なぜ自分の感情が揺さぶられたのかを考えてみたところ、正直さや素直さなど、人格がくっきり見えるため感情移入したのだと気づきました。すべて文字を中心にしたアプローチですが、私の頭には写真のようにイメージが浮かび上がってきたのです。デジタル上では「人格が必要だ」といわれますが、この三つの事例を通して、重要なのは「人格をくっきりみせるための解像度の高さ」ではないかと思いました。
濱野氏:人格が見えるというのは、重要なキーワードだと思います。中国でも最近は「CEOライブ」が流行しています。私はEGC(Employee Generated Content)と呼んでいるのですが、従業員が直接コンテンツ化しPRを促進する、まさしく「顔が見える」「人格を出していく」というアプローチです。これは非常に大きなテーマではないでしょうか。
西村氏:私からは、このコロナ禍で行ったデジタルコミュニケーションの事例を、二つご紹介します。まず「オンライン飲み会」です。ビール会社である私たちは、外でビールを飲む機会がなくなった自粛期間中、どのようにユーザーにアプローチをすれば良いのか考え、Zoomを使った参加者最大1000人規模の飲み会を開催しました。4月から5月の間に計4回行ったのですが、若年層を中心に累計3万人ほどの方が応募くださり、Twitterでも3度トレンド入りしました。1000人規模の乾杯は音声も絵も壮観でしたし、Zoomであるため、ゲスト参加のアイドルやお笑い芸人の近くに自分が写ったり会話できたりと、リアルにはないコミュニケーションを生むこともできました。
もう一つはオンラインライブです。コロナ禍でリアルのライブやフェスが軒並み中止になってしまったため、SUPERSONICさんとタイアップをしてオンラインライブを行ったところ、同時視聴者が約8万3千人に達しました。また抽選で選ばれた方をVIP席、いわゆる楽屋裏にご招待してアーティストと一緒に飲むという企画も行ったのですが、こちらも参加者から非常に高い満足度をいただききました。この二つの事例は、外に遊びに行けない、盛り上がれないという、若年層が抱えるペインポイントに対して、どのようにコミュニケーションをしていくかという、一つの解だと思いました。
紺野:楽天はオンラインで膨大なデータを蓄積しているのですが、現在はオフラインでも様々な形で多くのデータを蓄積する会社になりつつあります。その膨大なデータを分析しても、感情自体をデータ化するのは非常に難しいものの、ユーザーの感情が変化することで起きた購買などは、消費行動分析データに置き換えられると考えています。少し前にテレビ番組でデジタルツインが特集されていたのですが、私たちのオンライン上におけるデジタルツインは、私たちのデータに基づいて作れますし、作っていくべきだろうと考えています。しかしその一方で、データから作られるのはあくまでも相関関係でしかなく、相関に基づいてアプローチをすると、逆に人の行動の未来を閉ざしてしまうリスクもあります。それを防ぐには、分析の先に因果というものを作っていかなければなりません。デジタルで処理した先、どちらかというと上流の世界のものをしっかり分析していくことが必要だと考えています。
私たちはファーストパーティ楽天として、「楽天エコシステム(経済圏)」の中にいる人たちに対してデジタルツインを作りUXを向上させると同時に、広告ビジネスにおいては、ユーザーにデータの使用用途を明確に明示するなど安心してデータを預けてもらえるよう努め、現在多くのクラスタリングを持っています。そのパターンを組み合わせると、ユーザーに対して従来考えられなかったようなコミュニケーションが可能となるのです。感情により体現されているデータの相関に基づいたデジタルツインを作り、そのデジタルツインを構成する上流にあるユーザーコミュニケーションに、さらに感情を揺さぶるクリエイティブを当てることで、UXはさらに上がるのではないかと考えています。
濱野氏:非常に共感を覚えます。感情を揺さぶるための遠い因果関係を見つけ出しましょう、というお話だと思います。弊社のお客様であるカメラメーカーさんとインサイトハックのプロジェクトを行った際、デジタルカメラを持つユーザーと、遠い因果があるユーザーを分析したことがありました。結果は、なんとペットでした。デジタルツインを作り出すことで、某デジタルカメラを購入するユーザーの年齢や居住形態などまでは割り出せるのですが、ペットという因果はあまり出てきません。さらにそのペットは犬なのか猫なのかというABテストでクリエイティブを当てると、圧倒的に猫の方が反応も良かったのです。この因果関係に基づいて広告を当てることで、さらに感動を生み出すことが可能になりました。このような事例も、今のお話につながっていますね。
紺野:少し話がそれるのですが、データは蓄積できますし活用もできます。しかし今後はGDPR(一般データ保護規則)を始め様々な規制のもと、どのようにデータを使っていくかがポイントになってきます。その課題へのアプローチの一つとして、私たちは今年2月に、AIをベースとしたマーケティングソリューションを提供するSQREEM社と、「楽天スクリーム株式会社」(以下「楽天スクリーム」)を設立しました。
「楽天スクリーム」では、世界中のオープンデータを瞬時に蓄積し、その中でユーザーのフラグ立てを行うことができます。先ほどお伝えした消費行動分析データに関しては、「どんな漫画が好きなのか」、「普段どんな化粧品を使っているのか」、「ビールはどの銘柄を飲んでいるのか」など、わかりやすくデジタル処理された世界中のデータをもとにアプローチが可能です。たとえば、あるユーザーが「a+C+0.5」という分析データを持っていた場合、世界中から集まったデータをベースに、「この3条件を持つユーザーは、明日このようなことをする」というような分析が可能になるのです。
「楽天エコシステム」内の消費行動分析データと「楽天スクリーム」の双方向からアプローチすることで、プラットフォーマーとして広告の本質である「広く告げる」ことをより広く実現したいと考えています。
濱野氏:非常に興味深いお話です。ビッグデータの活用が進めば進むほど、クリエイティブ上の差別化が消失してしまいます。しかしそのアプローチであれば、自動化されたデータと定性的に抽出するデータを掛け合わせることで、感情を揺さぶることが可能な層のターゲティング精度が上がり、最適なクリエイティブを作り出すことも可能になりますね。